たこ焼きパーティ! タコヤキ パーティ!

 美幸率いる買い出し部隊は総勢六名。柴田美幸を筆頭に、委員長の柴田麻由美、天城誠、諸星進、友里亜希子、そして、高遠圭介だ。もっとも、部隊長の美幸には誰も期待はしていない。実際には麻由美がたこ焼き屋台の計画細部を練っていた。圭介は道案内であり、その他の人員は人足や冷凍素材の冷凍庫要員だ。美幸は御輿に過ぎないが、鶴の一声が時折降ってくるだけに、麻由美は頭を悩ませていた。
「いざ、しゅっぱーつ!」
 脳天気な美幸の声は、周囲に好意的に受け止められているが、サポートに回るものにとっては、この天真爛漫さは重荷になる時もある。
「委員長、平気か?」
 圭介がため息をつく麻由美にそう声をかけてきた。
「平気平気。このくらいのことで疲れとったら、美幸ちゃんの友達なんかできへんって」
 そう言って麻由美は笑う。
「まあ、そりゃそうやわな」
 圭介も納得してそう笑う。この天真爛漫さと無邪気さは美幸の最大のチャームポイントである反面、周囲の人間に余計な負担を強いるものでもあるだろう。クラスで美幸といることの多い麻由美なら、その苦労は特に身に染みているだろうなと思う。
「圭介ー、道案内ー」
「駅くらいまでやったら毎日通っとおからわかるやろうが!」
 美幸にそう悪態をつきながらも、圭介は自ら先頭に立ってぶらぶら歩く。少し離れた最後尾で諸星と友里の二人がゆっくりとついてくる。美幸は圭介の横に並びかけ、記念祭とは全く関係のないプロ野球の話を圭介に投げて、圭介を呆れさせていた。
 勢い、麻由美の横には天城が来ることになる。
「俺、なにしたらええん?」
 事前まで計画になにも乗ってこなかった天城は、温厚な笑顔をそう麻由美に向けてきた。
「天城くんは、買い出しの荷物持ちと冷凍蛸の保管要員かな」
 麻由美はそう言って天城を見上げる。ラグビー部でディフェンスを努める天城は体格もいいし、背も高い。糸目と呼ばれるほど細い目が全てを台無しにしているとも言えるが、いつも笑っているように見える茫洋とした風貌には、どこか落ち着かされるものもある。
「力仕事なら任してくれたらええけど」
「やったら、大道具手伝ってもらった方がよかったかな」
「あかんあかん、俺細かいの苦手やから」
 そう言って天城は慌てて両手を振る。その子供っぽい仕草は、ディフェンスの要と言われている姿から大きく逸脱していた。
「じゃあ、天城くん小麦粉とか教室に運ぶ係やね」
「任して。そう言うのやったら得意やから」
 天城は頬を紅潮させながらそう言って胸をたたいた。

 菟原駅のホームに上がると、美幸は麻由美のところへ行ってしまい、諸星と友里は相変わらずなので、圭介は電車の中で仕方なしに天城の相手をすることになる。普段は全く接点がないだけに、なんとなしに面と向かうと戸惑いも大きい。美幸が好きな野球の話はわかっても、ラグビーとなるとてんで理解の範疇を超える。所詮は授業でやっていることくらいしか知識はない。
「高遠は、なんの役なんや?」
 話題が尽きた頃、天城はそう聞いてきた。潤一郎と同じくらいの身長だが、がっちりした筋肉質の体型は、より圧迫感がある。ただ、それも春風を漂わせたような表情が帳消しにはしているのだが。
「俺は案内と冷凍蛸の保管係。それしか美幸には聞いてへんな」
 圭介は素っ気なくそう答える。天城の役に興味はないので、それ以上は聞かない。
「柴田さんも終わってから学校に戻るんかな?」
「美幸は一応リーダーやからな。戻らへん理由はないやろ」
 圭介はそう素っ気なく言う。頭の片隅で、「こいつも美幸に気があるのか?」とも思ってしまう。
「あ、そうなんか」
 そう言う天城は、どことなくがっかりした様子だ。その様子は圭介の興味を引いた。
「美幸がどうかしたんか?」
「いや、柴田さんがどうこうやなくて…」
「歯切れ悪いな」
 圭介がそう言いきってしまうと、天城はわずかに俯く。電車は特急を待避した御影駅を出た。あと、五駅で目的の岩屋駅に着く。
「委員長から聞いたか? 買い出しが終わったあと、諸星と友里さんを分離しようって話」
 天城は離れたところにいる諸星と友里の方をちらっと見てから、圭介に小声で話しかける。その視線は、美幸と麻由美の方にも向けられていた。
「聞いとおで。まあ、あの二人は冷凍庫要員やから、別に買い出しさえつきおうてくれたらええだけやしな」
「そのあと、俺と委員長も分離してくれへん?」
 そう言う天城の声は、蚊ほどしかない。圭介は一瞬聞き返しそうになったが、思い直した。
「…そう言うことやねんな?」
 一度軽くため息をついてから、圭介はそう確認する。
「ほんなら、俺と美幸は冷凍庫要員になって、いっぺん深江で降りるわ。天城は重量物要員なんやから、そのまま委員長と学校へ戻ったらええ」
 天城が軽く頷いたのを確認してから、圭介は小声でそう言う。
「すまん、助かる」
「美幸は俺がなんとかするわ」
 軽く頭を下げる天城に、圭介は軽くため息をついて窓の外へ目をやった。
(佐竹といい、こうなってくんやなあ…)
 そう思うと、なんとなく自分が取り残されているような気がしなくもない。浮気な潤一郎は例外にしても、北斗の真由子への真っ直ぐな気持ちを見てしまうと、ため息も出る。
(後夜祭どうすっかな…)
 後夜祭バンドの選考に漏れてしまった今となっては、かったるい後夜祭のフォークダンスはできうる限り避けて通りたい。こんな時は誰か相手をしてくれる固定のパートナーがいてくれれば面倒くさくないと思うのだ。そうすれば、例年パートナーチェンジをしないことを黙認されている最内の輪に入って楽ができる。ちらと美幸を見ると、美幸は相変わらず麻由美を相手に上機嫌な様子だ。
(ま、今年もテキトーにしとくか。考えんのも面倒くせーし…)
 圭介はそう思うと、扉にもたれたまま、思考を遮断した。

 岩屋駅に着くと、圭介は先導する立場を利用して、すぐに美幸を捕まえた。
「美幸、おまえ冷凍庫要員な」
「あたしも? 学校に戻るつもりやったんやけど」
 圭介の急な言葉に、美幸は歩きながら大きな瞳をぱちくりさせる。
「いいから、おまえも冷凍庫要員や。わかったな。深江で降りんねんぞ」
 圭介はびっと美幸に指を突きつけて、そう言う。
 美幸は一瞬たじろいだあと、ニッと笑ってみせる。
「ええよ。ほんなら、諸星くんと友里ちゃんと、委員長と天城くんと、あたしと圭介の三分割になるんやね」
「そう言うことや」
 圭介はそう言って、ようやくホッと息をつく。これで天城の頼みはおそらく果たしたことになるだろう。その圭介を見て、美幸はいたずらっ子のように笑う。
「お昼なに奢ってもらおかな〜」
「たかんな!」
 美幸の言葉に、圭介はまた指を突きつけてそう声を上げた。

 業務用のスーパーに入ってしまえば、事実上圭介の仕事はほぼ終わりだ。そこからの仕切りは麻由美の役となる。冷凍蛸をはじめとして、小麦粉、バケツに撹拌用のひしゃくなど、次々と麻由美はてきぱき指示してものを集めてくる。その手腕はさすがに一年時から委員長をやっているだけあって、無駄がなく的確だ。
「委員長が同じ班でよかった〜」
「のんきに笑うな」
 美幸にそうツッコミを入れておいて、圭介は美幸と最後方を歩く。すぐにレジもすませ、分担の荷物か各人に配られた。
「諸星と友里はJRやろ? 灘の駅がすぐそこやから、JRで帰ったらええ」
 圭介は岩屋駅まで戻ってくると、北側に見えるJRの駅をあごで指しながら、諸星と友里の二人にそう言う。
「ほんなら、僕らはJRで帰らしてもらうわ」
 二人でなにか打ち合わせたあと、諸星がそう言って軽く右手を挙げる。
「気をつけてね〜」
「じゃーねー」
 友里と美幸が右手を振り合って、諸星と友里はJRの灘駅方面へ向かった。
「さてと、ほんなら俺らは…」
「圭介、お昼奢ってよ!」
 言いかけた圭介の言葉を、美幸が遮る。その顔はいたずらっ子の表情そのままだ。
「委員長と天城くんの分は学校の直接持ち込みだから、先戻っとって。あたしも、蛸しもうたらすぐ行くから」
 圭介の左腕をからめ取りながら、美幸はそう笑う。一瞬呆気にとられた麻由美と天城は顔を見合わせる。唖然とした圭介は、ことの展開を見守る気になってなにも言わない。
「じゃあ、あたしら先に学校戻るな」
「うん。よろしくね」
 麻由美と美幸の間にそう言葉が交わされ、天城は圭介に軽く頭を下げるような仕草を見せた。
「行こ、天城くん」
「あ、うん。ほんなら」
 二人はそう言うと、半地下にある岩屋駅の改札に消えた。
「あの二人、つきあってんのかな」
 ホームに出た天城は、思わず麻由美にそう聞く。その天城の問いに、麻由美は苦笑いだ。
「さあ、どうやろね? 美幸ちゃんの話やと、高遠くんと幼なじみらしいし、美幸ちゃんって、誰にでも親しげやから」
「あ、そうなんや」
 天城はそう言うと、ちらっと麻由美の眼鏡の奥の瞳を見る。
 圭介と美幸が用意してくれた機会を、二人に感謝した。


                                         

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