ステージは進む。 三組目、「ディアフレンズ」の演奏が始まると、喝采が起きた。 「Fの中村のとこか!?」 賢一と健太は慌てて舞台袖に駆けよっていく。 潤一郎と陽も顔を見合わせるとその二人を追った。 「やっぱうめえわ…」 思わず潤一郎が呟きを漏らす。 陽も思わず頷いていた。 (勝てるのかな…) そんな思いでこちらにやってきていない圭介を振り返る。圭介は、まるで眼中にないかのように、スコアを見ながらリズムを刻んでいた。これだけ大音量でスピーカーから流れる音楽も全く気になっていないらしい。その様子が、陽の頬に笑みを運ぶ。 (揺らいじゃいけないんだ…) そう思うと、陽は舞台袖からゆっくりと戻っていく。 「葛城?」 背中からかけられる潤一郎の声に、陽はゆっくりと振り返って笑みをこぼす。そうして、戻っていく。 (なるほどな…) そう思うと、潤一郎は健太と賢一の肩を叩いた。 「戻ろうぜ」 その言葉に、二人は大きく頷く。 そうこうしている内に、七組目である「ブルーバード」の演奏が終わった。 「いよいよやな」 潤一郎はステージ袖を見上げてそう呟く。 「そやな」 圭介はそう漏らすと、ふっと陽の方を振り向く。その横顔が緊張に包まれているのがよくわかった。 「いっちょ景気づけやるか」 圭介はいたずらっぽく笑うと、右手を輪の中心に伸ばす。意図を理解した仲間たちは次々に右手をその甲に載せていく。 「ほら、葛城も」 「あ、うん」 陽も圭介に促され、重ねられた右手の上に自らの右手を乗せた。 「一度腹から声出してみ」 圭介の言葉に、陽は頷く。その様子に、潤一郎が応えた。 「スクラッチ、ゴー!」 潤一郎のかけ声に、メンバーのかけ声が載る。陽の甲高い声も混じった。 「うっしゃ、上出来」 圭介はそう言って、陽にいたずらっぽく笑う。陽も、頬を赤くして大きく頷く。 「さ、行くで」 潤一郎の声に、全員が頷いてステージへ躍り出た。 「それでは、選考会もいよいよラストの組となりました。二年生の帰宅部で固めたユニットです。エントリーナンバー8、スクラッチ!」 坂本の声が響き、ステージにライトが降りて来るなり、力強いキーボードの音がホールに響き渡った。陽のキーボードが牽引する楽曲「エバーグリーン」だ。 ざわっと聴衆が粟立つ。 「あれが…陽?」 晶でもステージの上にいる制服姿の女生徒が陽だと瞬時に認識できない。いつもの一歩引いた弱々しい感じは微塵も受けない。演劇で舞台に立つ晶にはよくわかる。陽は、迷いが吹っ切れたら強いタイプなのだ、本番に強いタイプなのだと。時に笑みを浮かべ、力強く鍵盤に指を落とす陽の姿は、晶を戦慄させた。手の甲に落ちた汗は、気温がもたらせたものではない。 気持ちよさそうに歌う圭介の姿を時に眺めながら、陽はメロディを奏でていく。自分が奏でる旋律に圭介の声が重なり、仲間のサポートで楽曲として完成していくのは何度経験しても嬉しい。幼い頃、兄の姿を見て始めたピアノが、自分と圭介を繋いでくれたことが素直に嬉しい。このバンド名「スクラッチ」も陽が提案したものだ。和訳意のひとつである「かき集める」を、潤一郎がメンバー集めに奔走した状態にかぶせた。それに潤一郎がまず賛同してくれた。 (もっと一緒に演奏してたい…) 陽の気持ちがメロディに乗っていく。 この記念祭限定のバンドだからこそ、選考会で勝ち残って最終日も演奏したかった。 楽曲は、二曲目である「恋心」へ移っていく。 「へえ…、圭介ってこんなに歌巧かったんだ」 美幸は、素直に感心しながら、空席になった前の椅子に肘をついて圭介たちのステージを眺めていた。幼い頃は音楽の授業などでも目立ったところはなかったのにと思うと、なんだか可笑しい。ステージの上で全身を使って表現を続ける圭介の姿は新鮮であり、少しくすぐったく思える。 「格好いいやん」 その唇は無意識にそう言葉を紡いでいた。 潤一郎は、自らの目論見が大半成功したことにほくそ笑んでいた。圭介も陽も、想像した以上のポテンシャルを発揮してくれている。これで負けてしまうのなら、仕方がない。誰もが誰の足も引っ張っていない。完璧と言える状態だった。 そして、演奏が終わる。予定の二曲は無事に終わった。 「最後まで聴いてくれてありがとう! スクラッチでした!」 高揚した気分のまま、圭介はそう声を上げて頭を下げた。 「お疲れー!」 舞台袖に下がると、全員ハイタッチで健闘を讃えあっていく。 「ミスなし! 気持ちよかったー!」 「これで落ちても悔いないわ!」 健太と賢一もそう言って笑いあう。 「上出来上出来!」 圭介もそう言って健太たちと笑いあう。 「あとは選考結果やな」 潤一郎はそう言って陽に視線を送る。その先で、陽は力強く頷いていた。 「皆様、お疲れ様でした。出口の投票箱に投票お願いします。結果は明日の朝に中館の横に張り出します」 坂本の声がスピーカーから流れる。 「さ、俺らも自分に投票して帰ろうぜ」 圭介の言葉で、メンバーは舞台をあとにする。 圭介たちが帰る準備を終えてホールの玄関口へ出てくると、大きく手を振ってくるのは晶だった。その横には、北斗の姿もある。 「お疲れさん! すごかったで!」 そう言って晶は圭介たちに笑いかける。 「一票入れといた。後夜祭も楽しみにしてるで」 北斗もそう笑う。 その笑顔に、圭介たちは顔を見合わせて笑った。 「さ、あとは結果を待つだけや。今日は帰ろうぜ!」 「おう!」 潤一郎の声に圭介たちも声を上げて応える。その高揚感を残したまま、それぞれの帰る場所へ散っていった。 昼を過ぎて、真由子はようやくボーっとしているものの起きあがれるようになった。もそもそと台所へ起き出し、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出してコップにつ注ぐ。熱を持った身体に、冷たい液体は心地よい。ほっと一息ついてから、時計を見上げた。 「どうやったかな…、おにーちゃんとこ」 普段から部屋で時折放歌しているのを聞いていても、ヘタだとは思えない圭介なのだ。できれば、そのステージを見てみたかったと思う。 「…選考、残っとったらええんやけどなあ…」 そう呟いていると、出し抜けに玄関ドアの鍵がガチャガチャと鳴る。ばんとドアが開くと、圭介の姿があった。 「あ、おかえり、おにーちゃん」 「起きとったんか」 真由子が起きているのが意外だったらしく、一瞬きょとんとした顔を見せたあと、圭介は部屋に上がってくる。 「熱下がったんか?」 「少しマシになった。薬効いてるみたい」 「どれ?」 圭介は真由子の前髪をかき上げると、こつんと額を合わせてくる。真由子の顔がバッと一気に赤くなった。 「まだそこそこあるやないか。おじや作ったるから、今日はもう一日横んなっとれ」 圭介は真由子から離れると、真由子の気持ちなどお構いなしにそう言って、冷蔵庫の中をのぞきだす。 「あ、うん…」 真由子は真っ赤になったまま部屋に戻り、布団を被った。頬は熱を持ったままだし、まだドキドキと鼓動が収まらない。 (不意打ちやんか…。心臓に悪い…) 台所の物音を聞きながら、真由子はそう思って目を閉じる。 ただ側にいたい。 妹扱いであっても。 その距離が近づきすぎることに戸惑いも覚える。 恋人になりたい。 思い切り甘えてみたい。 そんな思いが膨らんでいく。 風邪とは関係なしに、胸が苦しい。 |