甲南サマーカーニバルの一環として開かれている「潮見中学会場」は、30ほどの屋台をグラウンドに並べ、それなりの人出で賑わっていた。花火に近いグラウンドの南側には、もう敷物を敷いて場所取りに勤しむ人たちの姿もある。
「こんなけの屋台で3時間つぶせるか?」
「敷もんは用意した。ある程度の時間が来たら場所取ってダベりゃあええわ」
 そう言いながら、潤一郎はリュックからレジャーシートを取り出す。たたまれたその厚みから、かなり大きなものだと予想される。
「ほんなら、早々に場所取りして交代で回ろうや」
「あ、それエエですね! それなら、買ったもの取った場所で食べれますやん!」
 晶の提案に、真由子がすぐ同調する。
「じゃあ、まずは罰ゲームみたいにジャンケンで決めるか」
「おっしゃ」
「ジャンケン、ポン!」
 一人だけ出したグーに視線が集まる。
「お、俺?」
「悪いな、武藤」
 狼狽えるそぶりを見せる潤一郎に、晶はそうにっと笑う。
「悪魔め」
「さ〜、武藤に場所取りは任して、あたしらは遊びに行こう」
「高橋!」
 陽の肩を抱いて屋台へ向かおうとする晶に、武藤が思わず声を上げる。その武藤に、晶は振り返って舌を出した。
「じゃ、あとは頼んだで、武藤」
「真由子、行くぞ」
「うん」
 そう言って全員が去ったあと、潤一郎だけがぽつんと残された。
「しゃあねえなあ。ま、大人しゅう場所取りしとったるか」
 潤一郎はそう言って、5人の背中を振り返る。晶の後ろ姿を一瞥したあと、にっと笑って歩き出した。

 屋台は市が許可した業者のものなので、他のお祭りより単価が低く抑えられていた。その中を、夕涼みがてら5人は散歩する。
「な、高遠や佐竹ってなんか得意なもんないんか?」
 そう聞いてくる晶に、圭介と北斗は顔を見合わせる。
「得意なもん…なあ?」
「ヨーヨー釣りとか、金魚すくいとかのことか?」
「そうそう。なんか得意なもんで対決して見せてや」
「あ〜、それ面白そうです! 先輩、お兄ちゃんこてんぱんにやっつけてくださいよ」
 そうワイワイと話す晶たちを、陽は温かい目で見ていた。以前なら、この環の中に入らなければと焦っていたが、今はもうそんな気持ちはない。こうして、和の外輪であっても、そこにいることで充分な思いがするのだ。
「お兄ちゃん、金魚すくい!」
「金魚すくい〜?」
 真由子の提案に、圭介は眉を寄せる。
「捕った金魚どないするんや? ウチには金魚鉢なんてないぞ」
「わたし、もらっていい…? 前に金魚飼ってて、水槽あまってるから…」
 そう言って話に入ってきた陽に、一瞬全員の視線が集まる。
「おっしゃ、交渉成立」
「高遠には負けへんで」
「捕りすぎたらリリースしたらええんですよ」
 そう口々に言いながら、圭介たちは移動を開始する。
 晶が「やるやん」という表情を作ると、陽は微苦笑を返した。
 金魚すくいの屋台は子供が中心だが、その中に大人も混じっている。大人の方が真剣だろうか。
「おっちゃん、金魚すくいふたり」
「あいよっ」
 圭介がお金を払うと、ふたつの「ポイ」が渡された。そのうちひとつを北斗に渡す。
「いざ、勝負!」
 真由子の芝居がかった声が響いた。
 圭介も北斗もお互いの実力は知らないが、ポイと椀を両手に真剣な表情で水中の金魚を追う。見ている晶と真由子も息を飲んだ。
 が、この勝負はあっという間に終わってしまう。
 ふたりとも、1匹もすくえなかったのだ。
「高遠も佐竹も、全然アカンやん!」
 大声で爆笑したあと、晶はそう声を上げる。真由子も苦しそうに笑っていた。
 圭介と北斗は渋い顔でお互い顔を見合わせるだけだ。
「わたしもやろう…。おじさん、ひとりぶん」
「はいよ」
 陽の手にポイが渡る。
「陽、得意なん?」
「昔よくやったから」
 しゃがんで浴衣の袖をまくりながら、聞いてきた晶に陽は笑う。そうして、椀に水をすくいポイを構えた。その陽の表情は、圭介や北斗のように鬼気迫るようなものはなく、いつもよりずいぶんと穏やかに見える。構えたポイがすっと水の中に入ると、次の瞬間には椀の中に小さな金魚が泳いでいた。
「うわ、すっごい!」
「陽さん、すごいです」
 晶と真由子がそう感嘆の声を上げる。圭介と北斗も思わずうなった。陽は微苦笑を浮かべるだけだ。
「…うまく説明できないけど、コツがあるの」
 言いながらも、陽は次から次から椀へ金魚を移していく。大きな動作でない静かな動きだ。いつの間にか、陽の周りに人垣ができていた。誰もが陽の技術に見入っていた。だが、陽はなにも気づかないように集中している。ポイが破れるまでの間に、陽は50匹以上の金魚をすくっていた。
「5匹もらえるらしいけど、どうする?」
「やっぱりやめとく」
 聞いてきた晶に、陽はそう返した。
「まだ帰るまで時間あるし、途中で死んじゃったからかわいそうだから」
「そっか」
 そう言う陽の言葉に、晶は納得したように笑った。実に陽らしい答えだと思う。
「しっかし、葛城にあんな特技があるとは知らんかったわ」
「ホンマやな。金魚すくいの大会とか出れそうやな」
 圭介と北斗がそう言いあうのを、陽は笑って聞いていた。
「さあて、そろそろ変わったらんと、武藤がすねるな」
「そうやな、そろそろ交代したるか」
 腕時計を見ながら呟く北斗に、圭介もそう同調した。
「よし。ジャンケンしよか」
 そう言いながら、晶も浴衣の袖をまくる。陽も左手で右の袖を引いた。
「ジャンケン、ぽんっ!」
 5人の手が並ぶ。ひとつだけ、グーの細い手。
「あっちゃあ…。あたしかあ」
 そう言って、思わず前髪をかき上げたのは晶だ。
「じゃ、ま、よろしく頼むわ」
「わかった」
 肩を叩いてくる圭介に、晶はぶっきらぼうに答える。夜店の白熱灯に照らされた頬が赤くなっていることは、本人にしか気づかない。
「ほんじゃあ、あとで戻って来いや」
「ああ」
 そう言って戻っていく晶に、残された4人は手を振った。
 歩き出す4人の背中を見ながら、晶は複雑な気持ちになる。陽にとってはまだ望み薄のように見える圭介。北斗へのそぶりが少しよそよそしく見える真由子。今はその2組が話ながらの屋台見物だ。北斗と、陽の恋は実るのだろうか。北斗の玉砕を知らない晶はそんなふうに思ってしまう。陽の恋が実れば、その時は自分が散る時だ。複雑に絡まった気持ちは、まだ何の解決も見ていない。
 そんなことを考えていると、退屈そうにあくびをする潤一郎の横顔が目に入った。
「よお!」
 晶を見つけた潤一郎は、今までの退屈ぶりが嘘だったようにパッと笑顔を見せる。今は、その笑顔が作り笑顔だろうと、ささくれだった晶の心を癒してくれた。
「武藤、交代するから行って来いや」
 下駄を脱ぎ、潤一郎の横に腰を降ろしながら、晶はそう言う。
「なんや、交代要員高橋になったんか」
「ジャンケン負けたからな」
 そう言って晶は苦笑を浮かべる。
「だから、さっさと浴衣美人鑑賞に行ってき」
「ふ〜ん」
 潤一郎は考えるふりをしながら、晶を上から下まで眺める。浴衣で膝を折りしゃなりと座っている晶は、華奢な容姿もともなってなかなかいい雰囲気だ。浴衣の裾からのぞくくるぶしのくびれが、晶も女性なのだと雄弁に主張していた。
「退屈やろうからいたるわ」
 潤一郎はそう言ってニッと笑う。
「はあ?」
 晶は思わず怪訝な顔をする。潤一郎に魂胆ありと見切ってのことだ。
「なに考えとん?」
「こんな色っぽい女が横におるのに、それほっぽって他行くようなマネはできんわ」
 潤一郎はそう言ってもう一度晶を上から下まで眺めた。その潤一郎の様子に、晶は思わず頬を染めた。
「じょ…冗談!」
「色っぽい女」などと言われたことがないだけに、晶の動揺は激しい。いつもならすぐにツッコミ返すのに、そのキレさえ奪われている。
「冗談やないで。どうせなら、このあとその浴衣脱がしてみたいわあ」
 冗談めかしたその言葉に、晶の視線は途端に呆れたようなものになる。
「武藤には絶対見せん」
 そう言って、晶はわざとらしく胸のあたりを隠し浴衣の裾を整える。
 普段は見られない晶の仕草に、潤一郎は笑ってしまう。
 役得だと思う。
 そうなれば、もうあとは茶化すしかない。
 今はまだ早い。
「他のヤツやったら見せんのか?」
「他でも一緒や!!」
 胸に顔を近づけてくる潤一郎に、晶は思わず大声を上げた。


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