星だけが見ていた ホシ ダケガ ミテイタ 期末試験が終わり、球技大会も終わって久々の登校となるこの日は、1学期の最終日だ。終業式が終わって教室に戻ってくると、明日から夏休みを迎える浮ついた雰囲気が教室に充満している。 「なんか、これで一月半も高遠らと会われへんのも変な気するな」 教室でのホームルームも終わったあと、いつものように圭介と北斗の席の周りに集まったメンツの中で、晶がそう言う。 「俺も、一月半も高橋に会われへんのは寂しいわあ〜」 「あたしは武藤には会いたない」 きっぱりと晶に言い切られて、潤一郎は周囲の失笑を買う。それも計算の内の潤一郎は、軽く舌を出して笑っていた。 「それにしても、確かに休み中会われへんっていうのはたぶん退屈やろうな」 北斗がそう言うと、その言葉に賛同したようにみんな頷く。せっかくいい遊び相手になったのだ。退屈しのぎをするなら、できるだけ集まりたいとも思う。 「だったら、花火、みんなで行かない? サマーカーニバルの…」 「おっ、そりゃあええな」 陽が言い出した言葉に、まず潤一郎が乗ってくる。 「屋台もあるし、花火もあるし、言うことなし」 そう言ってなおさら相好を崩す。 「ついでに、高橋と葛城は浴衣厳守」 「はあ?」 潤一郎の声に、晶は素っ頓狂な声を上げた。ついでに、眉がつり上がる。 「なんであたしらが、あんたに浴衣姿披露して目の保養さしたらないかんねん」 「その前に、浴衣持ってるんか、高橋?」 きょとんとした顔で聞いてくる圭介に、晶は呆れたような表情を返した。 「あたしかて一応女なんやから、浴衣くらい持ってるわ」 潤一郎ならともかく、圭介にまでそう言う印象で見られていたのかと思うと、少し気分が滅入る。そう言う意味なら、潤一郎の方が自分を女性として扱ってくれているかもしれないなとすら思う。 「でも、こんな時くらいしか着る機会ないよ」 「そうやなあ…」 陽の言葉はもっともだと思う。浴衣を見せるような恋人もいない自分たちには、本当にこれくらいの機会しかない。 「何も水着になれって言うてるわけちゃうやん」 「わかった、わかったって。浴衣で来たらええんやろ?」 そう食い下がってくる潤一郎に根負けしたように、晶はそう言う。その瞬間、わずかだが勝ち誇ったように潤一郎の口が歪んだ。 「詳しい話は前日の夜に高遠が責任持って電話するさかい」 「俺がすんのかよ!」 ほとんど話を聞いているだけだった圭介は、土壇場で話を振られて声を上げる。 「わかった。ほんなら、連絡頼むな、高遠」 「しゃあないなあ…」 結局、晶にまでそう言われてしまうと、お人好しの圭介は頷くしかなくなってしまう。 「ほんなら、帰ろっか、陽」 声をかける晶に、陽は小さく頷く。 「浴衣の下に下着つけて来んなよ〜」 「うっさい! そこまで指図すんな!」 潤一郎の言葉に、晶は振り返ってそう声を上げる。横の陽は呆れたように笑っていた。 「なんでえ。女は着物の下に下着をつけへんのが作法なんやぞ」 「おまえが言うとエロ話にしか聞こえんからやめとけ」 わざとらしく口を尖らせる潤一郎に、圭介は軽く肩を叩いて立ち上がる。 「さ、俺らも帰ろうぜ」 「そやな」 苦笑いしながら、北斗も鞄を担いで席から立ち上がった。 「そう言や、陸上部の合宿、25からやったっけ」 「そうや。そっから29までや」 「真由子が世話んなるけど、よろしく頼むわ」 「ああ。わかった」 圭介の言葉に、北斗は苦笑いしながらそう返した。 夏休みに入ると、圭介はそれこそ平日は連日バイトに通った。バイトに出ている限り、賑やかな恵里佳が一緒なだけに退屈はしない。それでいて収入も得られるのだから、言うことはない。集まって遊ぶという話に周りほど乗り気を見せなかったのもそのためだ。 (ま、たまには高橋や葛城たちと一緒に遊ぶのも悪ないか…) そう思いながら、マスターと恵里佳をあしらいつつ、圭介の平日は過ぎていく。 陸上部の合宿が翌日に迫った夜、さすがに準備に忙しいらしく、夜遅くになっても真由子はばたばたとしていた。 「おーい、明日早いんやろ? 寝とかんで大丈夫か〜?」 真由子の部屋をのぞき込みながら、圭介は真由子の背中にそう声をかける。 「おにーちゃんが帰ってくんの遅いから、ばたばたしてるんやんか!」 そう言いながら、真由子は非難がましい目つきで圭介を見る。 「そら悪かったな。けど、結局今日まで何も準備してへんかった真由子にも非はあると思うぞ」 「う〜」 圭介に図星を指されて、真由子は拗ねたように唇を尖らせる。何事も家事はそつなくこなす真由子だが、計画的に物事を片づけていくことだけは苦手だった。それは、きっとこの夏休みの終わりにも発揮されているはずだ。 「俺、先に寝んぞ」 「お先にどうぞ!」 圭介にそう声を上げると、真由子はため息をつく。 (帰ってきたら、また家事溜まってんやろなあ…) 毎日やっていけば大したことのない量でも、積み重なると結構辛いのが家事だ。何日も自分が家を空ける時だけは、圭介のものぐささを呪いたくなる。 (ちょっとでも、ちゃんと家事やっといてよ、お兄ちゃん…) 真由子は、壁の向こうにいるはずの圭介に、そう思いを飛ばした。 翌朝、予想通りというか、真由子が出かける時間になっても圭介は起きてこない。 真由子は、メモだけを残して学校へ急いだ。 「おーす、斉藤!」 「佐竹先輩! おはようございます!」 校門をくぐるなり目ざとく声をかけてきた北斗に、真由子は挨拶ともに笑顔を返す。 「バス長いけど、しっかり寝てきたか?」 「寝れてません」 「高遠か、原因?」 「そーなんですよ! お兄ちゃんたら、昨日も午前様ですよ! こっちは今日朝早いって言ってんのに!」 憤慨する真由子に、北斗は苦笑いを返すしかない。 「車は平気なんか? 寝てへんと酔うやろ?」 「平気です! 乗り物、めっちゃ得意ですから」 小さな身体で精一杯胸を張って、真由子はそう答える。その仕草があまりにおかしく、北斗は笑いをこらえきれない。 「なんで笑うんですか!?」 「いやあ、ホントおもしろいな、斉藤は。あの高遠の従妹やとは思えんくらいやわ」 「どういう意味ですか、それ!?」 あまり好意的な言葉と受け取れなかった真由子は、そう言って唇を尖らせる。その子供っぽい仕草も、常時無関心を装い、冷たい印象すら見える圭介とは好対照だった。 「悪い意味やないよ。斉藤は斉藤らしゅうて、ほんまオモロいわ」 「誉めてるように聞こえませんけど…」 じとっとした目で、真由子は北斗を見上げる。その表情に北斗は苦笑いを返すと、真由子の頭を軽く叩いた。 「斉藤はそのままでええんやって。チームのムードメーカーなんやからさ」 「はいっ!」 北斗の言葉を好意的に捉えた真由子は、ようやくその幼い顔に笑顔の花を咲かせた。 陸上部の部員を乗せたバスは、阪神高速を東に向かって走る。目的地は4時間ほどかかる奈良県内の競技場だ。バスの中は、ちょっとした修学旅行のように賑やかな様相を呈す。特に数の少ない女子部員は一角を占拠して、会話に花を咲かせていた。 「おい、佐竹、見てみろよ」 することもなく、ぼーっと窓の外を見ていた北斗は、隣の席の大輔に声をかけられて振り返る。 「なんや?」 「あれあれ」 大輔が通路側へ半身乗り出して、一つの席を指していた。北斗も通路側へ身を乗り出してのぞき込んだ。そうして、すぐ席へ戻ると、北斗は頭を抱えて笑いをこらえるのが精一杯だった。大輔が指した席では、真由子が周りの女子部員の声高なしゃべり声も全く聞こえないように、大口を開けて爆睡していたのだ。その爆睡ぶりを示すように、唇からよだれがたれていた。 「斉藤、女捨てとおよな」 大輔は、息を殺して笑いながらそう言う。 「言えてんな」 北斗も、爆笑したいのをこらえてそう言った。ただ、大輔と違ったのは、真由子が爆睡する原因の一部を知っていて、その同情的な気分が余計におかしさを誘ったことだ。 (高遠と同居やったら、大変やな) 「マユ、マユ。起きいな」 北斗が笑いをこらえる後ろで、真由子の隣に座る由衣が真由子に声をかけていた。 「んあ?」 「寝ぼけんとってよ。よだれ出とおで」 半睡状態の真由子はその言葉で我に返った。慌てて持っていたタオルで口元を拭く。その瞬間、前方の席で大輔が苦しそうに笑いをこらえているのが見えた。 「小田先輩っ! 笑わんとってくださいよ!」 思わず立ち上がった真由子に、こらえきれなくなった大輔と北斗はついに爆笑してしまう。 「佐竹先輩までっ!」 真由子はそう声を上げると、きょとんとするメンバーを尻目に憤然とした面持ちで真っ赤になって乱暴に腰を下ろした。横の由衣は苦笑いだ。 「ほんま、斉藤ってオモロいわ〜」 ウケながら言う大輔に、北斗は同じくウケながら頷くことしかできなかった。 |