「な、やっぱり思うたとおりやったやろ?」
 学校からの帰り道、ニヤニヤ笑いながら晶はそう言っていた。
「陽は心配しすぎやで」
 そうも言う。
「…でも、こうやって考えると、わたし、高遠くんのことほとんど知らないんだなあって…。思い知らされちゃった」
 そう言って陽は苦笑いする。
「そらあ、仕方ないで。あたしらが知ってるんは、学校におるあいだだけやからな。学校から一歩出たら、もうあたしらはその高遠を知らんねやから」
 晶はそう言うと、にやっと笑う。
「つーことで、高遠のバイト先に押しかけてみるか?」
「え?」
 晶の提案に、陽は軽く驚く。
「あいつのバイト先、確か深江駅の傍の喫茶店やろ? 喫茶店くらいやったら、あたしらが押しかけても不思議ちゃうで」
「そ、それはそうだけど…」
 晶の言葉に、陽はまだあまり乗り気でない。偵察のようなことをすることに対しての後ろめたさがそうさせた。
「気後れすることあらへんて、あたしら客なんやし」
「う、うん…」
「よーし、そうと決まれば善は急げやで。早速行ってみよっか」
 おずおずと返事をした陽の手を引いて、晶は阪神電車の菟原駅の方へくるっと方向転換をしていた。線路の築堤沿いの道を駅へ向かって歩く。
「高遠くん、驚くかな?」
「そりゃあ、驚いてもらわんと、おもろないで」
 陽にそう言葉を返すと、晶はキシシっと笑った。
 同じ頃、とうの圭介はすでに電車を降りて、駅前のバイト先のドアを開けていた。
「おーいっ、恵里佳あっ!」
 控え室のドアを開けるなり、圭介はそう声を上げていた。
「なんや圭介、でかい声出して?」
 驚いた風もなく、恵里佳はそう圭介を振り返る。
「あんまりあることないこと吹聴せんといてくれるか?」
「そんな近づきな。照れるやんか」
 直近まで顔を近づけてきた圭介にそう言うと、恵里佳は圭介の顔を押しのけた。
「それにいったい、何のことや?」
 少しだけ怪訝な顔になって、恵里佳は圭介を見上げた。
「俺が女の子と遊びにいっとおとか言うたやろ?」
「あ〜、そのことか」
 呆れたような表情の圭介に、すましたように恵里佳は言う。
「事実やんか」
「ちゃんと内容確かめえや!」
 圭介はそう言うと、もう一度ぐっと顔を恵里佳に近づけた。
「ありゃあ、従妹や。彼女でもなんでもないわ」
「なんや、あれ真由子ちゃんやったんか。そやったんか」
 もう一度圭介の顔を押しのけながら、恵里佳はにっこり笑ってそう言う。
「すっかり真由子ちゃんの顔忘れとったわ。悪いな、女には興味ないもんやから」
 全く悪びれた様子もなく、恵里佳は笑顔でそう言う。
「それでもやな、事実を確認せんと吹聴すんな」
「悪かったな。それは謝るわ」
 そう言って、恵里佳は軽く頭を下げる。
「せっかくあんたにも彼女ができたと思ったんやけどなあ」
「生憎やったな。今んとこそんな気配もないわ」
 腕を組み、軽く恵里佳を見下ろすと、軽くため息をついてそう言った。
「ま、そのうちエエ子が出てくるって。さあて、話はそれだけか?」
 圭介の視線を軽くいなすと、恵里佳は椅子から立ち上がってスカートを払う。
「ああ、それだけや。頼むで、ホンマ」
「わかっとおって」
 恵里佳は圭介の言葉にそう笑いかけると、ドアを閉めて控え室を出ていった。
「いらっしゃいませー!」
 恵里佳の明るい声を聞いて、圭介は控え室で大きくため息をついていた。
(ったく。恵里佳のお節介め)
 圭介はそう思うと、もう一度大きくため息をついた。
「なかなか雰囲気のあるええ店やん」
 テーブルにつくなり、晶はそう言って店内を見渡す。目の前の陽は居心地悪そうに首をすくめて軽く店内に視線を走らせた。
「いらっしゃいませ。ご注文お決まりですか?」
 ふたりの前に水のグラスを置きながら、恵里佳が営業スマイルでそう聞く。
「あたしはブレンド。陽は?」
「わたしは、オレンジペコのレモンティで…」
「かしこまりました」
 そう言うふたりに軽く頭を下げると、恵里佳は厨房に戻っていく。
「マスター、ブレンドとオレペのレモン」
「はいよ。若い声だね?」
 マスターはそう言ってにやっと笑いながら恵里佳を見る。
「ウチの高校の制服ですわ」
 苦笑いしながら、恵里佳はそう言った。
「ほお。そりゃあ、気合い入るなあ。ちょっとサービスしておこうか」
「適当にしとってくださいな」
 恵里佳はそう言うと、マスターの相手を中断して控え室をのぞく。
「圭介、早よ出てきいや。お客さん来てんで」
「へいへい」
 圭介は適当にそう返事をすると、控え室から出た。
「ウチの制服やけど、知っとお顔か?」
 恵里佳に言われて、圭介は初めて客の顔を見た。知りすぎていると言うぐらい知っている顔だ。
「ありゃあ、ウチのクラスメイトやな。何しに来よったんや?」
「なんだ、高遠くんのクラスメイトかい?」
 圭介の声にマスターが反応する。
「紹介してくれたら、時給50円上げるよ」
「お断りです。マスターに紹介したら、あいつらどんな目に遭わされるかわからんですから」
 圭介は真顔で言うマスターの言葉にキッパリとそう言いきった。
「ひゅーひゅー! 男やねえ」
 苦笑いのマスターの表情を確認してから、恵里佳が圭介をそう茶化す。
「茶化すな!」
「ほい、高遠くん。オーダー」
「いってらっしゃーい」
 笑いながらオーダー品を渡すマスターと恵里佳を軽く睨んでから、圭介はオーダー品を晶と陽がいるテーブルへ運んでいった。
「お待たせしました」
 その圭介の声に、晶と陽が一斉に圭介を振り向く。
「何しに来たんや?」
「何しに来たんやとは随分やなあ。高遠がどんなバイトしとるんか見に来たんやんか」
 圭介の言葉に、ニヤニヤしながら晶がそう言う。陽は困ったような顔で晶の制服の袖を引っ張っていた。
「それだけのためにわざわざ一駅電車乗って来たんか? 結構暇やなあ、高橋らも」
「まあええやん。とりあえず客やねんからよろしゅうしてや」
 呆れたような圭介に、晶はそう言って笑う。
「ま、ゆっくりしてけや。葛城もな」
 圭介にそう言われ、陽は慌てて頷いた。
「あんたの女友達か?」
「まあな」
 ニヤニヤする恵里佳を一瞥して、圭介は憮然としてそう答える。
「あんたの女友達なんて、ウチだけやと思っとったけど、やるやん」
「へいへい」
 恵里佳の相手に疲れた圭介は、そう言って恵里佳の相手を打ち切りため息をついた。
「結構サマになっとるやんか」
 コーヒーを口に運びながら、晶はちらっと圭介を見る。
「悪いよ、そんなふうに言っちゃあ…」
 陽も同じように紅茶を口に運びながら言う。
「バイト、高遠と注文取りに来た娘だけみたいやな」
 晶の言葉に、陽がコクンと頷く。
「よかったやん、陽。やっぱり噂は真由子ちゃんやったんやで」
 晶にそう言われ、陽は複雑な表情で笑った。

 夕食がすんで風呂から上がると、陽は髪をふきながら机の前に腰を降ろす。
 ぼーっと思い出すのは、夕方見た圭介の姿だ。
(高遠くん、バイトの時もあんな感じなんだ…)
 店が忙しくなかったこともあるが、ゆったりと自分のペースで動いているように見えた圭介は、どこでも自然体に見える。その一端が垣間見れたことだけでも嬉しい。
(ありがとね、晶ちゃん…)
 強引に自分を引っ張っていってくれた晶に、感謝せずにはいられなかった。

「おはよー」
「おーす」
 翌朝も、いつもの朝の光景が繰り広げられる。
 その中に圭介をはじめとするいつものメンバーもいた。
「おーす」
「おはよう」
「よお、高橋、葛城」
 そう声をかけてくる晶と陽に、圭介はいつものように鷹揚に声を返す。
「昨日は突然押しかけて悪かったな」
「ああ、別にエエで」
 そう言う晶に、圭介の返事は素っ気ない。
「なんや、昨日高遠んちにでも夜這いかけに行ったんか?」
 その晶の言葉に反応して、潤一郎がわざとらしく素っ頓狂な声を上げる。
「アホ言いな! 誰が女ふたりで夜這いかけにわざわざ高遠の家まで行かなあかんねん!バイト先やバイト先!」
 晶はそう潤一郎に声を上げる。もう慣れてきたのか、晶の横で陽は苦笑いだ。
「あの店行ったんか?」
 今度は北斗が驚いたように声を上げた。
「なんや? あの店、なんかあるんか?」
 予想外の北斗の反応に、晶は少しだけ驚いて北斗の方へ顔を向ける。
「なあ…」
「まあな」
 複雑な表情で声をかける北斗に、圭介はげんなりと声を出す。
「なんや?」
 晶の表情が怪訝なものに変わる。
「あそこのマスターな、ナリは渋いし、作るコーヒーや紅茶の腕前は抜群なんやけど、ものすごいロリコンちゅうか女子高生好きなんや」
「はあっ!?」
 潤一郎がニヤニヤしながら言う台詞に、晶は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「やからな、まあ、高橋らでも十分射程圏内なんやわ」
 その潤一郎の言葉に、晶と陽は思わず顔を見合わせる。
「来んなとは言わんけど、マスターにちょっかい出されたなかったら、気いつけや」
 圭介はげんなりした顔でそう言うしかなかった。
「…人は見かけに寄らんと言うか…」
 晶は昨日見たマスターの容姿や仕草を思い出しながら、そう言って絶句した。
「でも、問題ないからお店続けてられるんでしょう?」
 そう素朴な疑問を陽が口にする。
「まあ、表向きはな。気に入った子にはちょっとしつこいだけやから。ちょっかい言うても、強制わいせつとかそんなんないし」
「そう言う意味では武藤みたいなもんやな」
「まあ、そんなところやな…って、おい、佐竹」
 圭介の言葉に、北斗と潤一郎がそうあとを継いだ。
「ま、目つけられへんように気いつけて」
 苦笑いを浮かべる圭介に、晶も陽も複雑な笑顔を浮かべるしかなかった。


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