定期戦が間近となっても、北斗の撃沈ぶりは痛々しいくらいだ。
 今日もそうして、昼ご飯を食べた後は、机に突っ伏して眠っていた。
「なんや、北斗のヤツ、エライ調子悪そうやな」
 美幸がその声に顔を上げると、去年クラスメイトだった武田美沙の顔があった。彼女は、美幸が圭介の幼なじみだったように、北斗の幼なじみだ。だから、北斗を呼び捨てにできた。
「なんか、ゴールデンウィークの後くらいから、ずっとあの調子やよ」
 苦笑いしながら、美幸がそう言う。
「ふ〜ん」
「気になる?」
 気のない様な返事の美沙に、美幸はニッと笑ってそう聞く。
「アホ! そんなんやないわ!」
 慌ててそう声を上げる美沙に、美幸はいたずらっ子の表情を崩さない。
「美幸…。あんたなあ…」
「あ、武藤くーん!」
 美沙が抗議しようとした瞬間、美幸は潤一郎の姿を見つけて手を振った。
「よお、柴田に武田」
 ニコニコしながら、潤一郎は美幸の席にやってくる。
「運動部の奇麗どころが二人でお呼びしてくれるとは嬉しいねえ」
「呼んだんは美幸やけどな」
 少しムッとした顔で、美沙がそう潤一郎に返す。
「まあ、そう言うなや武田〜。袖擦りあうも多生の縁やないか。ましてや、中学でクラスメイトやった仲やないか〜」
「それがいややっちゅうねん! あんたと同類やとは思われたないわ!」
「まあ、そう連れないこと言うなや」
 潤一郎がそう言うと、美沙は鼻を鳴らしてあっちを向いてしまった。さすがの潤一郎も苦笑いだ。
「ほんで、なに? デートのお誘いとか?」
「違う違う。佐竹くんどうしたんかなーって。最近ずっとあの調子でしょ? 調子でも悪いんかなって」
 潤一郎の言葉に軽く手を振ると、美幸は少し心配そうにそう聞いた。
「も、もしかして、柴田、佐竹に気があるとか!?」
 驚愕の表情で、潤一郎はそう聞く。
「ないない。ただ単純にどないしたんかなって思っただけ」
「あ、やっぱり?」
 呆れたように言う美幸に、潤一郎は表情を戻してそう言った。さっきの表情が作り物だったこともその変わりの早さでわかる。
「しかし、正直なとこ、ホンマに知らんねやわ。女がらみやっちゅうことは間違いないと思うんやけどなあ」
 潤一郎の言葉に、美沙の表情が少しだけ動く。
「そっか…。武藤くんでも知らんねや…。圭介やったらなんか知ってるかな?」
 そう言う美幸に、今度は潤一郎が手を振った。
「高遠が知っとお訳ないやん! あの極度のニブチンに何がわかんねん」
「…そうなん?」
 不思議そうな表情で、美幸が首を傾げる。
「そうもそう! あいつの鈍さは国宝級や!」
 そう声を上げる潤一郎に、美幸はおかしくなって笑い出した。そこへ、ずいっと美沙が顔を突っ込んでくる。
「あんたも人のこと笑えんやろ? 世界遺産クラスの鈍感やのに」
「美沙!」
 美沙の言葉に、今度は美幸が声を上げた。その様子を、圭介がうるさそうに見る。
「ったく、人のことおもちゃにしよって…」
「でも、ホンマに佐竹、どうしたんやろなあ」
 晶がそう言って北斗の席を見ると、授業開始も間近だというのに、北斗はまだ爆睡していた。
「元気になってくれたらいいのにね…」
 そう言う陽も心配そうだ。
「ホンマにな…。あんなんで定期戦大丈夫なんかなあ?」
「まあ、締めるところはきっちり締めるヤツやからなあ…。大丈夫やと思うけど」
 晶の言葉にそう返すと、圭介は前を向いた。頭の中では、恵里佳が言っていた「女やな」という言葉が回っていた。潤一郎と恵里佳が全く同じ答えを導き出したところも気にかかる。
「純情くんはこれやからなあ…」
「へ? なんか言ったか」
 呟いた言葉に、晶が耳聡く聞いてくる。
「何でもあらへん…」
 晶にそう言った瞬間、午後の予鈴が鳴った。

 県立戎宮高校との定期戦の日がやってきた。
 会場は西宮市の中央運動公園だ。ここは陸上競技場や野球場、テニスコート、体育館と一通りの施設が揃っている。その施設をフルに使って競技は行われる予定だった。
 天気は朝から快晴だ。
 運動部は、各々先に集合して、部単位でいろいろと動き出していた。
「お〜い、斉藤まだか?」
 陸上部の顧問である、矢作がそう言って員数をもう一度確認する。やはり、他の選手の影に埋もれてしまいそうな真由子の姿を見いだすことはできない。ついつい北斗も1年生の方を振り返ってしまう。
「お〜い、他の1年生! 斉藤知らんか?」
「今日は見てないですよ。なあ?」
 1年生の女子部員が、他の部員に聞くと、その女子部員も首を縦に振る。
「すいませ〜ん!」
 矢作の顔が渋いものに変わった瞬間、遠くから真由子の声が響いた。
「斉藤! 遅いぞ!」
「すみません! 以後気をつけます!」
 矢作の声に、真由子はぱっと頭を下げる。そうして、1年生の列に加わっていった。
 やがて簡単なミーティングの後、一度更衣室に入って着替え、競技場に出てきた。
 陸上部の競技は午前中ですべて終わってしまう。
 ウォームアップをはじめると、北斗は真由子の姿を見つけた。
「佐竹先輩! おはようございます!」
 北斗の姿を見つけるなり、真由子はそう言って笑う。
「よ。どうしたんや、遅刻なんて珍しいな」
 北斗もそう言って笑いかけた。
「あれはお兄ちゃんが悪いんですよ! 今日は早よ出るよって言うてんのに、全然起きてけえへんから!」
 そう言って頬を膨らませる真由子に、北斗は苦笑いした。
「だから、今日は晩ご飯作らないんです。たまにはインスタント食べときゃええんですよ」
「そりゃあ、斉藤も高遠も災難やな」
 思い出して怒りが収まらない様子の真由子に、北斗はそう言ってまた苦笑いした。
「佐竹先輩は、調子どうですか?」
 北斗にぶちまけて気がすんだのか、真由子は笑顔を見せてそう聞いてくる。
「悪ないな。調子はエエよ」
「ホンマですか?」
 そう言う北斗に、真由子は背伸びしてずいっと顔を寄せてくる。
「お、おい、斉藤…」
「目の下にクマできてますよ、はっきりと。ホンマに調子ええんですか?」
 北斗の顔に近づけていた顔を離して、真由子は怪訝そうにそう言う。
「大丈夫やって。元々俺、そんなに速ないんやから」
 北斗はそう言って苦笑いで逃げるしかなかった。
「そんなこと言わんとがんばってくださいよ〜」
 真由子がそう苦笑いすると、その真由子を仲間の声が追い越した。
「マユ〜っ! ストレッチ手伝って〜!」
「は〜い! じゃ、佐竹先輩、また後で!」
 真由子はそう北斗に断ると、その仲間の方へ駆けだしていった。
 その後ろ姿を見て、北斗は頭をかく。
「斉藤と一緒やと、ホンマ調子狂うわ」
 北斗はそう言うと自嘲気味に笑った。

 圭介が集合場所である陸上競技場のスタンドに現れると、潤一郎をはじめとするいつものメンバーはもうすでに集まっていた。
「よお!」
「よお、高遠」
「うす」
「おはよう、高遠くん」
 圭介の挨拶に、晶、潤一郎、陽からそれぞれ挨拶が返ってくる。
「佐竹来とおか?」
 圭介は芝生に腰を降ろしながら、潤一郎にそう聞いた。
「まあ、来とおことは来とおな。実際使いもんになるかどうかは別問題やろうけどな」
 潤一郎の言葉に圭介は渋い顔になると、グラウンドへ視線を送った。
 その先に、陸上部のメンバーの姿がある。その中の北斗の顔は、教室で潰れていた時のような暗さはない。
(ま、それなりには動けそうやな…)
 その中の北斗の様子を見て、圭介は少しだけ安堵した。


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