5月4日、快晴。
 絶好の行楽日和。
 連休のど真ん中でもあり、行楽地には多くの人出が予想された。
 全員が同じ沿線ではないから、待ち合わせは全員の最後の乗換駅であるポートライナーの三宮駅にしていた。
「おーい、陽っ! 行こーぜ!」
 陽の家の前で、晶はそう声を上げていた。
 玄関の中でごそごそと音がして、やがて玄関ドアが開く。
「ごめんね、晶ちゃん」
「おっ、しっかりおめかししとおな」
 出てきた陽を見るなり、晶がそう言って笑う。
「そ、そうかな…? 少しは、頑張ったつもりなんだ…」
 照れくさそうに下を向く陽に晶は笑顔を返す。
「上出来だ上出来。ま、それでも地味なのは陽の性格やから、そんなもんでええんちゃうか?」
 その晶の言葉に、陽は照れくさそうに笑う。
「さ、行こうぜ。あいつらも待ってるやろし」
「うん」
 晶の言葉に、陽は小さく頷き、その横を歩き始めた。

「よおっ!」
「こんにちは〜!」
「よう、高遠に真由子ちゃん!」
「おっす、高遠、斉藤」
 圭介と真由子が待ち合わせ場所に来ると、待っていたのは潤一郎と北斗だけだった。
「なんや、おまえらだけか?」
 少し拍子抜けした気分で圭介がそう聞く。
「ああ。高橋と葛城はまだやな」
 北斗はそう言って苦笑いする。
「まあ、まだ待ち合わせの時間前やからな。女の子は遅れてくるくらいが普通やからな」
 潤一郎は至って平然とそう言ってのけた。
 それから5分ほどで、人込みの中から晶と陽が姿を現せた。
「あたしらが最後か。待たして悪かったな」
 少しバツが悪そうに、晶はそう言う。
「別にいいんじゃねえの? 遅れてきた訳じゃないしな」
 圭介はそう言って笑う。
「こんにちは!」
「あ、これ俺の従妹の真由子な。よろしくしてやってくれや」
 元気に挨拶する真由子を、圭介はそう言って二人に紹介した。
「あたしは高橋晶。よろしくな」
「葛城陽です…。よろしく…」
 いつもは人を見上げてばかりの陽も、自分より背の低い真由子に頭を下げてにこっと笑う。
「よし。じゃあ、全員揃ったし行こか!」
 潤一郎はそう言うと、先に買っていた切符を全員に配っていった。

 ポートピアランドは、神戸市中央区の沖合に浮かぶ人工島、ポートアイランドにこの当時あった遊園地だ。かつてここで行われた「ポートピア81」博覧会の名残である。その遊園地へ向かうには、新交通システムを利用したポートライナーしか道はない。
 背の低い小型の車両に乗り込むと、タイヤで走行する電車は鈍い音を床下から響かせながら走る。男3人はそれぞれ馬鹿話をしながら乗っているので、女は3人でそれぞれ噛みあわない話題を何とかしようといろいろと考えていた。
「高橋さんと葛城さんは部活なにやってるんですか?」
 好奇心いっぱいの明るい表情で、話題を探す晶と陽に真由子はそう聞いてきた。
「あたしも陽も、部活はやってないんやわ」
 困ったように笑いながら、晶はそう言う。
「え…? そうなんですか?」
「まあね。一応全員部活に入らんといかんことになってるけど、実際入ってないやつもぎょうさんおるんや。高遠やてそのクチやろ?」
 きょとんとする真由子に、晶はそう言って笑う。
「ああ! そう言えばそうでした!」
「やろ?」
 ぽんと手を打つ真由子に、晶はそう言うと、少し表情を戻す。
「あたしは役者になりとおてね。部活の代わりに劇団に入って、レッスン三昧やよ」
 晶はそう言って表情を緩めた。その軟らかい表情に、真由子は晶の意気込みを見てしまう。憧れじゃなくて、本気の夢なんだなと。足が速いだけで特に目標もなく陸上を続けている自分と、違うんだなと。
「葛城さんは?」
「ほら、陽」
「う、うん…」
 晶の困ったような笑顔に急かされ、陽もようやくその口を開いた。
「わたしは、ピアノを習ってるの…。あと、ギターも…。ギターは独学だけど…。なにか、音楽で食べていけたらなあって思ってて…」
 俯いてぽつぽつ話す陽に、真由子は興味深い視線を投げる。
「こいつの兄貴、音大生でな。新進のピアニストなんやで」
 晶が陽の言葉をそうフォローする。
「へぇ…。すごいですね」
 あまり音楽に興味のない真由子は、ただ「新進のピアニスト」という言葉に感心する。
「陽もな、こんな大人しい性格やけど、ピアノやギター弾かせたら別人になってまうんや。人見知りしすぎるから、持ってる情熱を出せないだけなんやけどな」
「なんだか勿体ないですねぇ…」
 苦笑しながら話す晶に、真由子は素直にそう言ってしまう。
「真由子ちゃんもそう思うか?」
「ええ。だって、せっかく自分を表現する術があるのに、それを使わないのは勿体ないですよ」
 意気込んで聞いてくる晶に、真由子はそう言う。
「真由子ちゃんも同意見やぞ、陽! しっかりせえよ!」
 晶はそう言いながら、陽の肩を軽く叩く。
「あ、晶ちゃん…」
 困ったように眉を寄せて、陽は晶を見上げる。
「な、真由子ちゃん、ちょっと協力してくれへんかな」
「なんですか?」
 晶の言葉に、真由子はきょとんとした顔を返す。
「こいつさ、高遠のことが気になってんねん。だから、なるべく今日、一緒にしてやってほしいんやわ」
 晶の言葉の後ろで、陽は赤くなって俯いてしまっている。その姿を、真由子は可愛いなあと思ってしまう。
「いいですよ! わたしは、佐竹先輩と親交を深めることにします」
「ありがとな。助かる」
 晶は真由子の笑顔にそう言って笑顔を返してからふと気づく。
「…てことは、あたしは武藤の相手か?」
「…ていうことになるよね…?」
 自分を指さして聞く晶に、陽は苦笑いしながらそう答えた。
「どうしたんですか?」
 きょとんとしながら聞いてくる真由子に、陽が口を開く。
「晶ちゃんはね、武藤くんみたいな軽そうに見える人、苦手なの…」
 陽は困ったように眉を寄せながら、それでも笑う。
「ええわ! 今日一日の我慢や。これも役やと思てやりきりゃあええんや!」
 晶は両手に握り拳を作ってそう言った。
 その姿に、陽も真由子も笑うしかなかった。

 ポートピアランドに入ってしまうと、潤一郎の「必ず男女ペアで行動すること!」との提案もあり、晶たちはそれぞれ先に分配を決めた相手の横を歩き始めた。晶は潤一郎、陽は圭介、真由子は北斗。
「も1回ババリアンマウンテン行きましょう!」
 一番最初に園内で一番のジェットコースターに乗れた真由子はすっかりはしゃいでしまい、他のメンバーを苦笑させている。
「も1回、行く?」
 圭介は念のため、表情の乏しい陽にそう聞いた。
「あ、え? あの…、わたしは…」
「じゃ、俺と葛城はパスな」
 陽の表情を見て、圭介は他の4人にそう宣言する。
「え? おにーちゃんと陽さん来ないの?」
「おう。おまえら4人で行ってこいや。こっから見とおからさ」
 きょとんとする真由子に、圭介はそうはっきりと言い切る。
 真由子は思わず晶を見たが、晶は軽く頷いて返してきた。
「じゃあ、行ってくるね!」
「佐竹! そのじゃじゃ馬、しっかり抑えつけとけよ!」
 北斗の苦笑いを残して、4人は順番待ちの列に並んでいった。
「疲れた?」
 側のベンチに二人で腰を下ろすと、圭介は陽にそう聞く。
 その圭介に、陽は軽く首を振った。
 そうして、なくなってしまう会話。
 とうの陽はただ圭介の横にいることで緊張してしまって言葉が出てこない。
 圭介はその横にいるだけだが、特に退屈した様子もなく、順番待ちに並んでいる4人を見ていた。
 4人が見えなくなってしまうと、陽はちらっと圭介の方を見る。
(なにか、気のきいたこと言えないかな…)
 陽は必死になっていろいろと考えていた。
 初めて、気になった男性。
 きっかけは小さなことで、おそらく圭介は覚えていないだろう。
 それでも、それ以来ずっとその背中を見つめてきたのだ。
(こんな時って、みんなどんなこと喋ってるんだろう…)
 何も思いつかない陽は、そう思うと助けを求めるように親友の姿を探した。だが、晶の姿はもう見あたらない。改めてそのことに気づくと、もう一度圭介の横顔を見た。
「ん? どした?」
 その視線に気づいて、圭介は陽を振り向いてそう聞く。
「あ、あの…。さっきはありがとう…」
 陽は真っ白な頭で思わずそう答えてしまう。
「ああ。けっこう青い顔しとったからな。ジェットコースター、苦手?」
 圭介の言葉に、陽は頷く。
「やったら、無理せんでええんやで。気分悪なったりしたら、葛城もつまらんやろ?」
「ありがとう…」
 圭介に優しい言葉を掛けられ、ようやく陽はゆっくり微笑むことができた。
「どういたしまして」
 陽が笑ったのを見て、圭介も笑顔を返した。
「前から聞こうと思っとってんけどな、葛城って、男苦手?」
 圭介の問いに、陽は苦笑いを返す。
「別に気にせんでええんちゃうか? 高橋かて、充分男みたいに見えるけどな」
「そんなことないよ。晶ちゃんだって、あんな風に見えるけど、ちゃんと女の子だよ」
 圭介の言葉に、陽はそう反論する。
 ジェットコースターではしゃぐ人たちの中に、晶の姿を見つける。
 そして、圭介は笑う。
「その意気やて、その意気」
 圭介にそう言われ、力んでしまったことを思わず陽は照れくさく思って赤くなって俯いてしまう。
「佐竹は熱血くんやけどシャイやし、武藤やって軟派に見えるけど、ホンマに女には優しいしな。俺はまあ自信持ってこうやって言えることはないけど、俺ら3人は別に怖がることあらへんで。こうやって一緒に遊びに来たんや。葛城とはもう仲間や」
 圭介にそう言われ、陽は嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑った。
「お待たせ!」
 そうこうしている内に、晶たちが戻ってきた。
「さて、連中戻ってきたし、次の乗り物へ行くか」
 そう言って腰を上げる圭介に、陽も軽く頷いて腰を上げた。
「もう1回、ババリアンマウンテン行きます!」
「おまえなあっ! ジェットコースターばっかり選んぶな、アホっ!!」
 元気に手を挙げる真由子に、さすがに圭介は声を挙げていた。
(いいなあ…)
 他のメンバーと同じように陽も笑いながら、真由子の笑顔と圭介の砕けた表情に羨ましい思いがする。従兄妹だから、二人ともあんな自然に振る舞えるのだなと思うと、ほんの少しだけ切なくなる。まだ、出会って1年だ。去年クラスメイトだったことさえ、圭介は覚えていないようだ。それでも。
(いつか、わたしにもあんな風に笑ってくれるかなあ…)
 そう思わずにはいられない。好き、ではないかも知れない、話すだけで緊張してしまう相手だが、そう思わずにはいられなかった。
「ミュンヘンアウトバーンで手を打て!」
「え〜っ」
 圭介の言葉に、真由子は途端に渋い顔になる。
 ポートピアランドのジェットコースターは3種類あって、その中でもミュンヘンアウトバーンは、レールレスという風変わりな構造だが、一番絶叫度の低いジェットコースターだった。絶叫マシンが好きな真由子には受け入れ難い提案ではある。
「また今度連れてきたるわ」
「じゃあ、それで手ぇ打とうかな」
 ようやく二人の交渉はまとまったようだ。
 その成り行きに、他のメンバーは苦笑いを隠せない。
「葛城、次のもジェットコースターやけど、そんなに落ちたりせん分やから、怖ないで」
「ありがとう、高遠くん…」
 圭介の言葉に感謝しながら、陽は圭介に笑顔を返すことができた。


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